「桜の森の満開の下」坂口 安吾 [BOOKS…「魔女の本棚」]
講談社文芸文庫(’89発行 表題作ほか12編)
今年は例年より桜の開花が遅かったせいかまた不景気のせいか、公園や街路樹の桜にいつもなら付きものの提灯等のライトアップが無いところが多かった。仕事帰りはすでに暗いので、夜桜見物の時間帯でもあるのだが、街路灯程度の灯りしかないため、いまいち花は薄ぼんやり白いだけである。しかし考えてみるまでもなく、街路灯があったり、公園や舗装道路なんてものは近代以降の産物なわけで、昔は当然夜桜なんて幔幕と篝火で観るものだったろう。今の蛍光灯や電球の灯りで観てさえ妖しく艶めかしい夜桜が、より一層の妖力を発揮していたのではなかろうか。まして吉野のように山を覆うような「桜の森」ならどうだろう。夜を待たずとも閑かな昼なお暗い森の中、白く淡く深く周りを取り巻くたくさんの桜の樹々…満開の桜に囲まれ、上を見ても下を見てもそして落ちてくる花びらに降り込められ…正気でいられるとは思えない…
そんな桜をめぐる狂気の物語。
昭和22年の作品。今改めて読むと自粛を要する単語が幾つもでてくるが、渋い俳優に淡々と朗読してもらいたい、と思う。他の収録作と違い、この作品だけが「ですます口調」で書かれているのが一層非現実感を呼び起こす。
タイトル「桜の森の満開の下」と言う言葉が、まるで呪文のように繰り返される。一体桜の木の下に何が、とか思ってはいけない。そこは閉ざされた魔の空間なのだから。
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