「夢のすべて」大石 直紀 [BOOKS…「魔女の本棚」]
初出:2006年5月「オブリビオン~忘却」(角川書店)を改題
忙しさにかまけてボーっとしていたその日、出掛ける電車の中で読もう、と買い置いていた1冊の文庫本を手に取った。
ブツ切りでも読めるように、と評論書のつもりで持ち出していたので、すっかり勘違いしたまま、地下鉄に乗り込むとすぐにページを開いて読み始めた…
これが小説、そしてミステリーと気付いた時には既に夢中で読み進めていた。
帰宅後そのまま2時過ぎまで一気に400ページを読了。
最初はタイトルに惹かれて買ったのだ。
「夢のすべて」。
夢に関わる幻想、あるいは幻視的な話、脳科学系。
ところがまったく「夢」の話ではない。
いや、「夢」を「記憶」と置き換えれば良いのか。
「夢でも視ていたように過ぎて行った日々」と言えば良いのか。
6歳までの記憶の無い少女。
兄はそれを前世だと思えばよい、と言う。
しかし彼女は知ってしまった、本当の両親の存在を。
物語は彼女と、そして犯罪者として逃げ続ける父親を、2つの軸として進む。
福祉系の仕事をしていたときに、人の人生を「生活史」として略歴を綴っていたことがある。
どんな家庭に生まれ育ち、どんな教育を受け、どうやって自活するようになったか。
どんな成り行きで結婚・同禽・離別し、どのように病を得たか、等々。
なるようにしてなった者もいれば思いもかけずといった者もいる。
自堕落な者ばかりでもなく勤勉にも関わらず、ということもある。
しかしいずれにせよ、人ひとりの人生はLike a rolling stoneなのだ。
まさに転がる石の如く流転する父・信彦と娘・梓を結んだものは楽器・バンドネオン。
独特の音色を持つ、アコーディオンに似た南米の楽器である。
物語は流転する信彦を追うようにスピードを上げて転がっていく。
まるで「血」のように身体に流れる「音楽」によって悲劇は起こりまた終息する。
それはまた、癒しとなり、読後を救いのあるものとしている。
梓の中に流れる血。それもまた「記憶」と言えるだろう。
育った環境の中に連綿とある家族(一族や血族)の記憶。
そして転がるように生きてきた人生。
まるでそれは夢を視ていたかのような。
そう気付いて、改題の意図を知る。やられた。
これは読み捨てとなりがちなミステリーの中で、「何度も読みたくなる」一冊となった。
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